神聖な親密さは“そんなに難しくない”
こんにちは。
ここでは、ぼくがバリ島を旅したときに出会った
“なんでこんなにシンプルなのに深いんだろう”
という気づきを、ゆるっと言語化していこうと思います。
「神聖な親密さ」なんて言うと
ちょっと急にスピっぽくて重そうですが、
実際のところはそんなに難しくありません。
むしろ──
人間がもともと持っていた“当たり前の感覚”に戻るだけ。
そんな話です。
■ バリ島の“静けさ”が教えてくれたこと
バリ島には、海も寺院も人も、
どこか一歩引いたような落ち着きがあります。
「争わない」
「比べない」
「急がない」
その空気の中で過ごしていると、
自分の内側がふいに静かになります。
その静けさの中で気づいたことがあって、
それはこういうことでした。
親密さって、相手の心に踏み込むことじゃない。
勝手に開いてくるのを邪魔しないことだ。
たとえば
バリの浜辺で波を眺めていると、
自分の内側が勝手に開いていくような感覚がありました。
あの感覚が、「親密さ」の本質に近い気がするのです。
■ “つながろう”とすると遠ざかる不思議
恋愛でもスピリチュアルでも、
「もっとわかりたい」
「もっと近づきたい」
と力むほどに、なぜか遠ざかってしまう。
逆に
ちょっと力を抜いた瞬間に
不思議と距離が縮まる。
心も身体も同じで、
開け、開け、と思うほど閉じる。
放っとくと開く。
バリの人たちは、これを知っているというか、
“最初からそう生きている” んですよね。
だからこそ、自然とつながりやすいのだと思います。
■ 神聖な親密さは “特別な儀式” じゃない
親密さとか、エネルギーとか、
神聖とか、男女の交流とか。
それを語るとき、
やたら難しく言ったり
秘儀っぽくしたり
聖人みたいにふるまったりする文化があります。
けど実際は──
ただ丁寧に “今” に触れているだけ。
・呼吸の深さ
・身体の感度
・その場の空気
・相手の微細な変化
それらを静かに感じているだけで、
神聖さは勝手に立ち上がります。
特別な修行は要りません。
自分の自然さを取り戻すだけです。
■ このブログで書いていくこと
ここからは、バリ島での体験をベースに
こんなテーマを、ゆるっと深く扱っていきます。
- 自分の内側が開く瞬間
- 親密さが自然に生まれる状態とは
- 心・身体・エネルギーのつながり
- セクシュアリティの自然な本質
- 神聖さと日常のバランス
- バリ島で出会った“静かな教え”
むずかしくはしません。
押しつけもしません。
ただ気づいたことを
そのまま置いていくような、そんな空間にしたいと思います。
■ 最後に ── “戻る”だけでいい
ぼくらが探しているものは、
実はどこにも行っていない。
ずっと自分の中にあったものに
ただ戻るだけなんです。
その“戻る”を
バリ島は手伝ってくれました。
このブログでは、
その続きのような旅を、
あなたと一緒に歩いていけたらと思います。
ゆるっと、深く。
静かに、軽やかに。
それでは、また次の記事で。
— Sacred Intimacy Lab